月夜見 “刀と されこうべ”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより


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 このお話のそもそもの設定、アニワン・オリジナル“ルフィ親分捕物帖”のシチュエーションは、特に“日本の江戸時代”ときっちり限定されちゃあいないようで。なので、別に何から何までその枠から外れちゃいかん…ということもないのだけれど。ウチのお話では丁度書き手が時代劇好きだったもんだから、随分と細かいところにまであれこれ言及していて、なかなか面倒な仕立てになっててごめんなさい。

  と言いつつ、こたびもちょこっと余計なお世話の無駄話を枕代わりに一席。

 江戸時代といや、徳川幕府による統治がしかれており、その統治態勢を破綻なく続けるためにと、そりゃあ様々なお触れが各階層・各階級の方々に出されていた訳で。身分をきっちりと分けるためのものから日頃の生活上のあれこれへの統制まで、その時々の時流や景気によって、例えば…旅に出るにあたっては手形を出してもらう許可制だったとか、時代によってはオモトという植物の売買に規制がかかったり着るものや装いを華美にしちゃいけないという“ぜいたく禁止令”なんてものが何度も何度も発布されたり。そうそう、生類哀れみの令なんてのもありましたね。ドラマの時代劇なんぞでも色々と出て来るので皆さんにもお馴染みでしょうが、そういうのは何も一般庶民にばかり厳しかった訳じゃあなくて。各地に地行を与えられ、そこから収穫される米を幕府へ収めてた大名たちへも統制は厳しく。遠いところから江戸へまでの参勤交替なんてことをさせたり、莫大な資金がかかる治水や道路整備などの公的な土木工事を請け負わせたりして、彼らの懐を常に逼迫させておき、反乱しようにも資金なんてないという状況にしといた話は有名ですが。そんなもんじゃあない、反抗的な藩主のいる土地や、裕福で鼻面を取りにくい藩へはいっそ、隙あらばお取り潰しを狙ってもいたというからおっかない。分割して威勢を弱めちゃろうという腹だったらしく、そこでと構えられたのが“御拝領の壷”大作戦。将軍様からの贈り物、御拝領の品ですよと、仰々しくも立派な壷を下さるのですが、その壷、実は最初から、若しくは御使者の手により、公開前に割られてる。だってのに、運び込んだときの手際が悪くて割れたに違いない、せっかくのご厚意をこんな風に踏みにじるとは何という不敬かと、あくまでも相手のせいにした上で、どんな風にでもいちゃもんをつけられるように持っていく訳ですね。いい大人のすることにしちゃあ………せこい。
(う〜ん) なので、各藩は先んじてその情報を速めに得ておき、搬送役の御使者を丸め込むとか、何ならそっくり同じのを用意しておいて、さあお披露目という場で無傷のそれを開けさせて、おおこれは見事な壷でござるな ありがたいと、白々しい芝居をし、筋書きとは逆に御使者が真っ青になるのを嘲笑する…なんていう話が、時代劇なんぞで語られていたりもするんですけれど。こういうもろもろ、決して後世の作り話なんかじゃあないそうで、当時の武家もまた、実は結構逼迫してたらしいです。


 「将軍様のお膝下、江戸のご城下に居並ぶ旗本屋敷や諸大名の上屋敷の蔵なんて、
  どこも空っぽだって噂もあるしな。」
 「なんでまた?」
 「だから。
  上納金はもとより、付き合いだの見栄の張り合いだので
  出てく金は増すばかりなもんだから、どうで切り詰めても間に合わねえ。
  そこで足らねぇ分は、
  家宝の鎧や大太刀なんてのをこっそりと質に入れちまって埋めるんだとよ。」
 「ふえぇ、お武家様でも質屋に行くんだ。」
 「ああ。本来だったら国元から届けられるお祿米
(蔵米)を札差しに売って金にして、
  それで賄うところだが。」*ちなみに、家臣が貰うお禄は“扶持米”という。
 「相場によっちゃあ、そんなもんじゃ てんで足りなかったりするからって。
  今や質屋の蔵のほうにこそ、武具がたんまり詰まってるって話さね。」
 「そりゃあ凄げぇ。」
 「だが、そうそう商人にばっかり足もと見られちゃあいねぇ古狸もいるらしくてな。」
 「おお?」
 「先日預けた小太刀は、実はご拝領の逸品で、急に殿が見たいと仰せ。
  借りた金子も利子と合わせて何とか用立てられたのでと、
  証文持って来て“返してくれ”と言ってくる。
  別に流れてもないんだし、約款どおりの金子もそろえて来たんだ。
  商売は成立、どうぞお改め下さいって返したところが。
  これは真っ赤な紛いものではないか、
  さては勝手に売って我らを誤魔化そうとしたな
  …なんてな騒ぎを起こすお武家もあったそうでな。」
 「そりゃあ…でも、偽物を返しちゃヤバイだろうがよ。」
 「そこが、古狸の企みで。」
 「え?」
 「最初っから安物の偽物を仕込んでおくのさ。
  だってのに偽物を返したと大騒ぎ。
  黙ってて欲しけりゃあ…まあ何だ、魚心あればって言うだろがと持ってく寸法だ。」
 「どひゃあ〜〜〜、そりゃあ悪どい。」
 「預けた時にちゃんとした鑑定士が見極めた、間違いなくそのものだったとしても、
  肝の太さで押しまくりゃあ、小さな質屋相手ならどうとだって持ってけようさ。」
 「そんなことがまかり通っているのかね。」
 「そうそう沢山ってこともなかろうがな。
  第一、そんな恥ずかしいことをやってる旗本や御家人がいるなんて噂になりゃあ、
  場合によっちゃあ当主が呼び出されての、行状不埒と厳しいお咎めを食うだろし。」


 でも、ドラマや小説でたんと出て来るあたり、後世に悪行が伝わってるほどいっぱい例があったってことだとも受け取れますよね。となると、取り締まりが厳しかったようにも思えませんが……。





   ◇◇◇



 ここ、グランド・ジパングでは、幸いなことに そういった妙な混乱もなく、悪どい武家の噂も滅多に聞かれない。家宝を質に入れる武家が全くいないって訳じゃあないらしいが、それでもそこまでの悪事を働けば、すぐさま城主ネフェルタリ・コブラ様のお耳に入ってしまい、あっと言う間に内偵が入ってのお始末という運びとなってしまうため。このご城下ではそんな阿漕な所業、ここ何十年もの間に噂すら聞かないほどだ。

 「だってのに、ここんとこ何だか騒がしいっていうじゃねぇか、親分。」

 昼餉をとりにと立ち寄った一膳飯屋の“かざぐるま”にて、景気よくどんぶり飯をかっ込んでいたのは、背中へ下げた麦ワラ帽子も相変わらずの、庶民の味方、ゴムゴムのルフィ親分で。そんな彼へと、だし巻き卵を“これはおまけ”と差し出しながら、そんなお声をかけてきたのは、この店の板前のサンジという若い衆。昼時からちょっぴり外れていた時間帯だったので、やっとこ手が空いた彼だったらしく。小さな体で万年食べ盛りな親分へ、時には店主であるナミの眸を盗むようにして、こういうおまけを進呈しもする彼だったのは、頼もしいが屈託が無さすぎるこの親分が、時には有り金全部をもっと困ってる人へ景気よく使ってしまうの、知っていたからに他ならず。建前として“ツケを払え”と毎度のように口うるさいナミにしても、そんなルフィの人性を好もしく思っていてのこと、サンジの“差し入れ”を見て見ぬ振りでいてくれてもいる様子。そんなほのぼのとした昼食風景だったのだけれど、

 「騒がしい?」

 訊かれた方がキョトンとしているから順番がおかしい。リスかお猿のほお袋よろしく、飲み下すのももどかしげにかっ込んでいた食べ物で、お顔の両端をパンパンに膨らませていたの、何とか ぐっぐんと腹へ入れ、答えを探すかのように視線で宙を見回す親分へ、

 「ほら、あれですよ。」

 こちらはもう定食を食べ終えた下っ引きのウソップが、上手に淹れてもらった焙じ茶を味わいつつそんな助言を差し上げて。
「あれ?」
「質屋や商家の蔵が片っ端から狙われちゃあ襲われてる事件ですってば。」
「ああ、あれか。」
 何とも反応が遅い親分だったのへ、おやぁ?と怪訝そうに眉を引き上げたサンジだったが、

 「確かに物騒な事件だが、おいらたちにゃあ関わりの要請が降りて来てねぇからな。」
 「ありゃ、そうなのかい?」

 たとえそうであっても、この破天荒な親分さんに限っては。今までだってさんざんに、鉄砲弾のように突っ走ってたじゃあないですかと、それを思ってのますますと怪訝そうに、今度はその目許を眇めたサンジだったのだけれども、

 「ゲンゾウの旦那がな、
  こりゃあどうもお武家筋がからんでる事件かもしれないからって言っててよ。」

 赤だしのみそ汁の熱いところを ずぞぞっとすすり上げ、んっかーっと満足そうに舌を鳴らした親分が言うことにゃ、
「どうやら同んなじ手の者がやらかしてる、続けざまの押し込みばたらきには違いないらしいんだがな。狙われてんのがどれも刀ばっかでな。」
「…刀?」
 女に好まれそうな細おもてへとさらり垂らした金髪の陰、片方だけを覗かせた青い眸をぱちくりと瞬かせた板前さんへ、
「おうよ。長太刀だったり小太刀だったり、どんな刀匠や鍛冶の、どんな拵えのっていう共通項はねぇんだが、必ず刀を狙ってやがって、金箱なんかを持ってくのはあくまでもついでだ。」
 しかも、微妙に曰くがありそうってか、いつ質入れされたんか判らないのとか、随分前の代の主人が道楽で買ったものを隠してたとか、そういうのをどうやってか嗅ぎつけて持ってくんでな。

 「こりゃあどうも、
  俺ら町方が探れる範囲のお調べで何か出て来そうにはないからってことで。
  それにゃあ手ぇ出さず、別の事件を片付けろって言われてんだ。」

 つー訳だから、おいらもそっちにゃ関心ねぇと。にゃはーと笑って席を立つ。一応は懐ろをまさぐるが、月末にまとめて貰うからいいよと笑った板さんのお言葉に甘え、そんじゃ ごっそさんと縄のれんをくぐって出てくのもいつものことで。ただ、

 「ウソップ?」

 後に続かない下っ引きくんだったのへ、あれぇ?と後戻りしたところがいつもとは違ったものの、
「ああいや、親分。実はちょっとウソップに見てもらいてぇ不具合があってよ。」
「不具合?」
「ああ。板場の冷蔵庫の調子がちょっとな。」
 氷満たしたジュースとか、アイスクリームが出て来るくらいだ。このお店にはウソップ謹製のそういう器械もあるはずで。となると、そこいらの量販店で買ったものじゃあないのだ、調子が悪けりゃ作った人にしか弄れはしないのもまた道理。
「そっか。じゃあ、おいら長屋の方を回ってっから。」
 小さな子供じゃあないのだし、間に合うようなら追って来なということだろう。特に深慮もないままに、店を出て行く親分の背中がのれんの向こうへと去って…少々。

 「で? 何か隠しごと してっだろ。」
 「鋭いな、相変わらず。」

 言うから包丁突きつけるのはやめてと、ウソップがたじろいだほどの詰め寄りようになったのは。下っ引きのくせに親分への隠しごととは ふてぇ料簡だと感じたというよりも、妙な素っ惚けようで無駄に言い逃れさせるつもりがなかったから。ついつい手っ取り早く話を運びたかったサンジが急くように物騒な真似をしたほどに、
「あの親分がそんな“道理”をちゃんと理解して呑むような、素直なタマじゃないことは、お前だって重々承知だろうがよ。」
「……まあな。」
 そうかそっちから来たかと、こちらもようよう納得したらしい、長っ鼻の下っ引き。はぁあと吐息を一つつき、

 「だったら薄々気づいてんじゃね? 何でああも覇気が薄いか。」
 「例の坊主か?」
 「そ。ここんトコ見かけねぇらしくてな。それでちょーっとばかり元気がない。」

 そういう辺りの微妙な機微を、周囲がまずはと把握しているところもまた、屈託のない親分らしいっちゃらしいところだが、
「けどよ。向こうはこのご城下の隅から隅まで歩ってるも同然のぼろんじだぜ?」
 結構広いご城下だから、本当ならば、何の約束もなしの奇遇でそうそう逢えるはずがない。だからってことからの、
「何かしらの約束ごとを決めたとかどうとか言ってなかったか?」
 と、そこまで知られてますよ、親分さんたら判りやすいんだからもう。
(笑) ある意味で十分に過保護な板前さんのそんな言いようへ、
「らしいんだがな。親分の側だってそうそう暇ってワケでもない。特にここんところは、さっき話したお調べへ、捕り方が結構駆り出されてっから、そのしわ寄せがこっちへ回ってて。」
 狙われそうな商家に張り付く連中が夜勤になる分、俺らが昼の見回りに奔走させられててな、と。自分たちのお勤めのお話をちょっとばかり零してから、

 「それと。」

 ふと。ウソップが意味深に声を低めた。煙管の先へと刻みたばこを詰めてた手を止め、サンジが“んん?”と顔を上げると、その耳元へと近づいて。
「これこそ、親分には言えないことなんだがな。実をいや、町方にも一つだけ調べておけってお達しが回ってることがある。」
 そんなことを言い出す彼であり。
「親分には言えない?」
 訊き返したサンジへ、うんうんと何度も頷いたウソップが、やっぱり小声で付け足したのが、

 「さっきの話の押し込みだけどよ。
  襲われた店の回りで、事件の前後に必ず、
  雲水姿の坊さんを見かけたって証言が幾つも取れんだよな。」
 「………それって。」

 墨染めの僧衣をまとった雲水姿のぼろんじなんて、このご城下にどんだけいるか知れねえからよ、何もあの坊さんと決まった訳じゃあない。ただ、托鉢で日銭を稼いでんだ、夜中に徘徊してもしょうがねぇのに。だってのに真夜中に見かけるっていうと、やっぱあの坊さんと重なるとこが多くてな。

 「俺らが窮地に立ってるとひょいって出て来て助けてくれてもいたけどよ。
  それにしたって、あの坊さんの親分への関わりようは、ちっと度が過ぎねぇか?」

 ウチのご城下に限らず、ああいう宗教関係者ですという格好でいると、例えば街道を通過するのに要りような手形も免除されているとか、様々な課税や決まりごとからも制約を受けないで済む場合が多い。建前は、神様や仏様に関わる存在だから大事にしましょうという運びだが、本当を言えば…信者たちという巨大な勢力を背景に抱えた団体ごと怒らせて、国を挙げての面倒になるのを避けたくてのことであり。そんな利点に目をつけて、手配中の罪人が身をやつしている場合もあると聞くし、

 「罪人ならば岡っ引きに自分から近づくのは不自然だと思ってたが、
  何かしらの賊の一味だったら、
  情報を引き出すためにってことで親分に接触してんのかも知れねぇって思ってな。」

 ゲンゾウの旦那がか? いんや、旦那はそんな坊様がいるってこともご存じないさ。

 「これは俺の鼻が嗅ぎつけたことだ。」

 えっへんと大威張りで胸を張るウソップへ、やれやれという吐息のように、最初の一服、紫煙を細く吐き出して、お顔をあらぬ方へと向けてしまうサンジであり。これみよがしに“呆れた”と態度で示されているのは判ったか、むむうと口元歪めたウソップだったが、
「…何だよ、その態度。」
「だってよ、話の辻褄が微妙に合ってねぇぞ、それ。」
「???」
 キョトンとしてしまう下っ引きくんへ、煙たそうなお顔になった板前さんがあらためての告げたのが、

 「妙な強盗騒ぎが起きてる。その現場に雲水姿の怪しい人影があった。
  この2つはまま、繋がりがあんのかも知れねぇが。
  あの坊さんがその賊の一味かも知れねぇってんなら、
  何でまた、事件が立て続いてる今の今、親分の前へ現れねぇんだ。」
 「それは…怪しまれねぇように…。」
 「却って怪しまれるっての。それに、だ。
  いよいよ事を起こそうって時ほど、こまやかな情報が要るだろが。
  町方の見回りの順路や手筈とか、
  当番の誰某が風邪っぴきの子供を抱えてて気もそぞろだとかよ。」
 「あ……。」

 素人でも判ること、なんでお前が気ぃつかねぇかねと。少々呆れての目許を眇めた板さんであり、

 「でもまあ、そんなことへのお調べを、親分へ黙ってたのは悪いこっちゃねぇな。」

 逢えないことでしょげてるのなら、そこへとそんなものが畳み掛けたらどうなるか。判りやすい親分だから、ずんとひしゃげてしまうかも。

 「いっそそのまんま黙っててやれや。」

 素人にすっぱりと一刀両断されたと、少なからず凹んでいるウソップへ。くつくつと小さく笑い、そんな駄目押しの一言を大上段から言い放ったサンジだった、とある秋の昼下がりである。





     ◇◇◇



 ウソップが案じていたその通り、ちょっぴり覇気が薄い親分さんなのは、いつもの坊様と この十日ほども逢えてはないから。忙しい身で、しかも多くの人々と顔を合わせるのが仕事な親分なのだから、特に約束もしてなきゃ在所も知らない相手と、そのくらい間が空いて逢えなくたって特に珍しい話じゃあない。長屋にだって、居れば“おや、いなすった”と驚かれ、居なけりゃ“あら、おいでじゃない”と残念がられる身なほどで。ただ、

 “む〜〜ん。”

 何と言いますか、男臭くてカッコよく、物言いがしゃれてて、腕っ節も立って。お顔を見ると胸の奥がほっこりと暖まるよな相性のお人なもんだから。それに、思えば三日と開けず、どこかで顔を合わせてもいて、それが当たり前になってたもんだから。こうも長く逢えないと、どうしたのかなぁって気になっても来るというもので。

 “ああいう坊さんは、これからが稼ぎどきなんかなぁ?”

 托鉢ってのは家々を回るほかに、人出の多いところへも立つと聞く。歳末の市場が立つ頃合いともなりゃあ、所謂稼ぎどきだからと あちこちの門前町や寺町へ足を伸ばすことも多かろが、まだ“歳末”には早いような気も……。

 「あ。ルフィ親分だ。」
 「お登勢さん、親分さんに相談しなよ。」

 聞き覚えのある声にはっとして顔を上げれば、自分が寝起きする長屋の近所、つまりは見回りなんぞの中心部へまで、気づかぬうちに戻っていたらしい。その長屋の入り口にあたる木戸のところで、おかみさんたちや子供らが何人か固まって、何かしら相談ごとの最中らしく。そんな中から懇意にしているおリカちゃんが駆けて来て、

 「親分、隣町の長屋のお登勢さんがね、何だか怖い目に遭ったんだってよ?」
 「怖い目?」

 おやそれは聞き捨てならねぇなと、頭がお務め仕様へと切り替わる。肩越しに来たほうを振り返ったリカちゃんの視線を辿れば。今にも崩れてしまいそうな危なっかしい木戸を、今は開け放った長屋への入り口辺りに、ここでは見かけぬご婦人がおり、こっちを見やって腰を屈めてのご挨拶を下さった。

 「何か困りごとかい?
  こんなちんけな俺でも、結構 力にゃなれると思うから話してみなよ。」

 にっぱり笑えば、親分のあまりの幼さ、もとえ…あまりの若さにちょっとと後込みしかかってたお人も、ここでおややと思い直すから不思議。妙に肩を張った虚勢じゃあない、されどどこか頼もしい自信のようなものが伝わって来るからで。こちらのおかみさんも、そんな気がしてのことだろう。不安そうにしていたものが、胸元を押さえるとホッとしたように息をつき。そして、

 「あの、実は…。」

 ちょっぴり珍妙なお話を、親分へ語ってくれたのでありました。


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